セラピストにむけた情報発信



歩行者を避けて歩く際に安全と感じるスペース:Gerin-Lajoie et al. 2005



2009年2月20日

ショッピングモールやスーパーマーケットなどを歩く際には,通路を横切ってくる他者とぶつからないように,立ち止まったり進路を変えたりすることがあります.今回ご紹介するのは,このような場面での回避動作を,実環境に近い形で検討した研究です.ボリュームのある論文で,読むのにやや骨が折れましたが,興味深い発見がいくつか報告されています.

【出典の引用】
Gerin-Lajoie et al. The negotiation of stationary and moving obstructions during walking: anticipatory locomotor adaptations and preservation of personal space. Motor Control 9, 242-269, 2005

この研究における実験課題は,歩行通路に対して右から左へ斜めに横切ってくるマネキンを回避して,目的地に到着するというものです.これまで障害物回避動作を研究する場合,通路に置いた物体に対する回避動作のように,静的な環境での障害物回避動作を測定するか,あるいはバーチャルリアリティ空間(VR空間)の中でトレッドミル歩行をしてもらい,その中で動きのある物体をバーチャルに回避する動作を測定するのが一般的でした.Gerin-Lajoie et al.の研究は,このような条件下の研究で得られた障害物回避動作の特徴が,より実環境に近い場面でも当てはまるのかを知る上で,大変重要な研究といえます.

実験の結果,@マネキンの背側を通るように避けて歩くこと,A歩行速度の減速が重要であること,Bマネキンの真横を通過するときは歩幅を小さくし,さらにマネキンの背側方向(すなわち右方向)にステップすること,C接触回避のための歩行軌道の修正は,マネキンと接触する可能性のある地点よりも数m以上前から観察できること,といった特徴がみられました.いずれの結果も,これまで静的環境やVR空間で明らかにされてきたことと類似する結果であります.研究者の観点からみれば,この類似性は,静的環境のような実験室空間でも実環境での動作特性を測定しうることを示すものであり,大変心強い結果です.

さらに,この研究が大変興味深かったのは,マネキンを避けて歩く際に安全と感じるスペースとは一体どの程度の広さなのか,ということを検討した点にあります.結果をみますと,進行方向に約2m,左右方向に約0.5m(ただし,マネキンが必ず左から右へ横切り,かつ参加者は必ずマネキンの背側を横切るため,実際に測定されたのは左方向のみ)というのが,実験対象であった若齢者の‘安全空間’でした.

なおこの安全空間は,歩きながら音声刺激の内容を聞き取るといったデュアルタスク条件ではさらに広くなりました.状況に応じて,安全と感じるスペースには差があるようです.

安全と感じる空間を常に保つように歩くという行動は,私の研究室が主たる実験対象であります,狭い空間をすり抜ける行為の中でも観察することができます.劇的に変化する動的環境の中で,常に安全と感じるスペースを維持して移動することができる能力は,動物全般に通じる優れた移動能力の1つです.

最近私たちの研究室では,自動ドアのように開閉できる通過口(通称ムービングドア)を実験に導入しました.少し時間はかかるかもしれませんが,動的環境の中での優れた移動能力に関するデータを測定し,皆様にご紹介できればと考えています.



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